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劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 前編・後編 (2012) [日] 新房昭之、宮本幸裕監督

TVシリーズを観ている私にとっては単なる総集編にしか見えなかったが改めて感想を書いてみようと思う。

作画は基本的にはパステルカラーの柔らかいタッチが特徴的だが、魔女の造形などは全く異なり毒々しい色使いの荒いタッチである。このギャップは面白いのだが少し分かり辛い気がした。魔女の造形が複雑で背景に溶け込んでしまうからである。

魔女にどんな能力があってどんな強さを持っているか、主人公らも知らないのかもしれないが、観ている側はもっと分からない。だから、突然マミが負ける事になっても何故負けたのかよく分からない。今まで何度も勝って来たはずなのに。それは誰にも分からないというのが本作の設定かもしれないが、それではこの戦闘の面白みは少しもない。何がどうなって何故勝ったのか負けたのか分からない戦闘など見ていて面白いわけがない。だから本作のアクションシーンは少しも面白くないのである。

通常、主人公が一番魅力的であるべき。これは凄く当然の事だが本作の主人公は少しも魅力的とは思えない。いつもうじうじしていて気弱というだけ。友達が苦労していても魔法少女になって助けようとしない。彼女の潜在能力の高さをセリフで何度も説明されるが本当に意味が分からない。終盤になって、ほむらの時間操作の為に彼女の能力が高められたかのような説明までされる始末で、これっぽっちも何にもしない主人公だ。だから、彼女が(主人公という理由だけで)いろいろ問題を解決したところで何の感動もない。

本作で一番可哀想なのは、さやかのような気がする。好きな男の子の手を治す為に命をかけて魔法少女になったのに、その苦労を当人に知られる事もなく、恋敵である友達の告白を許した上に、そのまま死ぬ事になるという、何とも救われない薄幸振りである。私はこのエピソードは良く出来ていると思った。いっその事、さやかが主人公でも良かったと思うくらい。

こう思ってしまうのも、ほむらのまどかへの想いがあまり描かれていない為である。この二人をメインとするなら、逆にマミやさやかなど要らなかった。杏子はもっと要らない。これらを省いた分、ほむらがまどかを想うようになるエピソードをもっと長時間描くべきである。それでこそ、彼女の必死さが理解出来る。それなのに非常に短時間の回想シーンで終わらせてしまっている。

私は、本作は友情のドラマと見たので、エントロピーどうたらといった設定はどうでも良く感じた。そういうSFやファンタジーの設定はあってもいいと思うが、特に説明しなくてもいい。キュゥべえは謎の生物でいいだろう。所詮は、有り得ない現象なのだから、無理に説明する必要はないのである。設定を説明する事は少しも重要ではない。

ほむらのまどかへの想いが時間操作を引き起こし、それがまどかの力となって行ったわけだから、どう見たって本作はほむらのまどかへの想いがテーマである。だから、この部分がもっとも重要である事に間違いないのだ。