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主に映画の感想を書いているブログです

劇場版マクロスF (2009、2011) [日] 河森正治監督

イツワリノウタヒメ」(2009年)、「サヨナラノツバサ」(2011年)の前・後編構成。西暦2059年の未来を舞台に移民船団に搭乗する戦闘機パイロットや歌手たちを描いたSF。

主人公は一種の軍人であり、巨大昆虫型宇宙生物と戦う役目である。以前は歌舞伎役者であった過去も持つ。歌手の女の子二人と同時に付き合う事になる。

昆虫型宇宙生物は特定の人間の歌声に活動の影響を受けるという設定。偶然、主人公と仲良くなる女の子二人がこの特殊な歌声を持つ。

設定を説明して行くとそれだけで一冊本が書けそうである。作中でもこれら設定を説明するか、女の子キャラクターが歌っているかどちらかのシーンである事が多い。特に設定内容自体を批判するつもりはないが、これら設定を用いて何を表現したいのか。何を言いたいのか。これらが重要だ。

既にトップ歌手である女の子にしても、それを目指す女の子にしても、特別に苦労したり工夫したり、歌手に対して特別な思いがあるようにも描かれていない。ただ好きだから歌っているだけである。歌手に対する制作者の想いも特に表現されていない。

昆虫型宇宙生物を利用して自分の欲望を果たそうとする人物も登場したりするが、特別にその人物が主体となっているわけでもないし、対抗する主人公の軍人としての使命感などを描きたいかというとそうでもない。

主人公含めた3人の関係は恋愛ドラマを形成している。しかし、これについても映画全体の尺からするとわずか2~3割程度の表現しかされておらず、恋愛ドラマがメインとも言い難い。だったら、昆虫型宇宙生物も要らないし、そもそもSFである必要もない気がする。

というわけで、結局何が言いたいのかよく分からない作品だ。ただ一つ言える事は歌唱シーンを描きたいという事である。全編を通して作画にも気合が入っているし、シーン自体も非常に長く取られている。どうでもいい作中コマーシャルシーンも無駄に凝っている。

戦闘シーンにおいても取って付けたような設定を利用して歌唱シーンを無理やりねじ込んでいるように思える。つまり、ミュージカルとして見ると一番しっくり来る。しかし、素直に音楽を楽しみたいと思っても、無駄な設定が多過ぎてその妨げになっている。全編歌唱シーンで埋めていればそれはそれで説得力があったかもしれない。

いろいろ詰め込み過ぎた結果分かり辛く、そのどれもが活かされない結果となった。作画については劇場作品の水準としても高く、唯一手放しで評価出来る部分だろう。